大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和59年(オ)147号 判決

上告人

西光院

右代表者代表役員

木村智貞

右訴訟代理人弁護士

金井塚修

被上告人

西沢嘉鶴

右訴訟代理人弁護士

木村靖

被上告人

和田貞彦

被上告人

和田チカ

被上告人

和田富男

被上告人

鮫島昌子

被上告人

和田嘉弘

被上告人

和田正男

被上告人

和田美鈴

右七名訴訟代理人弁護士

夏目文夫

主文

原判決を破棄する。

本件を大阪高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人奥村文輔、同金井塚修の上告理由について

一原審の認定したところによれば、本件の事実関係は、(一) 第一審判決添付目録一記載の土地(以下「本件土地」という。)は上告人の所有であり、本件土地上にある同目録二記載の建物(以下「本件建物」という。)の不動産登記簿上の所有者は被上告人西沢嘉鶴であり、被上告人和田貞彦が現在本件建物を占有している、(二) 上告人は、昭和四〇年八月一二日被上告人西沢に対し本件土地を建物所有目的で賃貸借の期間を定めずに賃貸した、(三) 被上告人西沢は、本件建物を所有してこれに居住していたが、昭和五〇年秋ごろに大津市内に転居し、本件建物を必要としなくなったため、その売却を考えていたところ、昭和五一年後半になって、和田貞治郎(第一審被告であり、昭和五七年一月一五日死亡し、被上告人西沢を除くその余の被上告人ら七名が相続し、訴訟も承継した。以下「亡貞治郎」という。)が買受を希望した、そして、被上告人西沢は、亡貞治郎に対し、昭和五一年一二月末ごろに、(1) 代金を七五〇万円、手附金を三〇〇万円とする、(2)昭和五二年八月三一日に所有権移転登記と同時に残代金を完済する、(3) 亡貞治郎は契約締結後直ちに本件建物に入居することができるものとする、(4) 本件建物の所有権の移転に伴う本件土地の賃借権の譲渡についての上告人の承諾は、被上告人西沢において得るものとし、もし右承諾を得ることができなかったときは、当事者双方において協議し、円満に取引を完了することとする(以下右の約定を「本件特約事項」という。)、(5) 契約締結と同時に亡貞治郎のため本件建物につき売買予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記をする、との約定で、本件建物を売り渡す旨の契約をし、即日亡貞治郎から被上告人西沢に対し右手附金三〇〇万円が支払われた、(四) 亡貞治郎及びその家族は、契約締結のころ本件建物に入居し、亡貞治郎は、その後居住に便利なように本件建物につき若干の造作工事をした、(五) 被上告人西沢は、右売買契約の約定に基づいて、昭和五一年初めごろから上告人に対し本件土地の賃借権の譲渡についての承諾を求めていたが、上告人はこれを拒絶した、(六) 右のような状況のもとで、亡貞治郎の長男である被上告人和田貞彦もまた、その家族とともに、昭和五二年春ごろに本件建物に入居した、(七) 上告人は、被上告人西沢に対し、昭和五二年一〇月二八日到達の書面をもって、被上告人西沢が亡貞治郎に対し本件土地の賃借権を無断で譲渡したことを理由として、本件土地の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした、というのである。

二原審は、右の事実関係のもとにおいて、次のとおり、本件土地の賃貸借契約の解除に基づき建物収去土地明渡を求める上告人の請求は理由がないものと判断して、これを棄却すべきものとした。

本件建物の売買契約は、被上告人西沢が亡貞治郎に対し、被上告人西沢から亡貞治郎に対する本件土地の賃借権の譲渡についての上告人の承諾を停止条件として、本件建物を売り渡すことを約した契約であると解すべきであるから、右停止条件が成就されなかった以上、被上告人西沢は亡貞治郎に対し本件建物の所有権を移転したことがなく、したがって、本件土地の賃借権を譲渡したこともないといわなければならない。そうすると、被上告人西沢が本件土地の賃借権を無断譲渡したことを理由としてした上告人の本件土地の賃貸借契約解除の意思表示は無効である。

三しかしながら、原審の右の判断は、にわかに是認することができない。その理由は、次のとおりである。

本件建物の売買契約の約定をみるに、売買契約書中には、本件建物の売渡ないし本件土地の賃借権の譲渡の効力発生について、上告人の承諾を停止条件とする趣旨を直接定めた条項はなく、かつ、右の趣旨の特約が口頭によってされたとの主張立証もないから、専ら、売買契約書中の本件特約事項が売買契約の約定全体との関係及び契約前後の当事者の行為などから右の趣旨に解釈されるか否かという契約の解釈の問題に帰するところ、(一)原審の認定したところによれば、売買代金七五〇万円のうちその四割にも相当する三〇〇万円もの代金が手附金として契約時に支払うべき約定になっており、かつ、右の手附金は約定どおり支払済みであり、また、買受人である亡貞治郎は、約定によれば、契約締結と同時に本件建物に入居することができ、かつ、亡貞治郎は、右約定どおり契約締結のころ家族とともに本件建物に入居しており、しかも、亡貞治郎は、本件建物に入居後その程度はともかくとして本件建物に造作工事を施している、というのであって、売買契約の右の約定及び契約当事者の右の行為は、本件建物の売渡及び本件土地の賃借権の譲渡の効力発生は契約締結と同時であったと解してはじめて矛盾なく説明しうるものであり、(二) 本件特約事項は、地主たる上告人の承諾が得られずに本件建物の売買契約を解消せざるをえなくなった場合には、契約締結によって発生した法律上及び事実上の関係の処理につき、両者が協議によって円満に解決するといういわば当然の事理をうたったにすぎないものと解するのが自然であり、(三) 更に、記録によれば、亡貞治郎、被上告人和田貞彦及びその家族は、本訴の提起された昭和五二年一一月七日から原審が口頭弁論を終結した昭和五八年八月九日までの長期間、本件建物に入居したままの状態であり、しかも、上告人が本件土地の賃借権の譲渡についての承諾を拒絶する意思を明らかにして本件訴訟を提起・維持しているにもかかわらず、被上告人らは、被上告人西沢と亡貞治郎ないし被上告人和田貞彦との間の本件建物利用の法律関係を明確にしないまま、右の状態を変更する意思を示していないことがうかがわれ、以上の点に照らすならば、他に特段の事情のない限り、本件建物の売買契約は、契約締結と同時に本件建物の所有権移転の効果が発生し、したがって、本件土地の賃借権の譲渡の効力も発生するものとして締結されたものと解釈するのが相当である。

四そうすると、以上と異なり、原審の認定した前記事実関係から、本件建物の所有権移転及び本件土地の賃借権の譲渡の効力発生について停止条件が付されていたものと解釈すべきであるとして、上告人のした本件土地の賃貸借契約解除の意思表示は民法六一二条一項の賃借権の譲渡がないのにされたもので無効であるとした原審の判断には、契約の解釈を誤った違法があるものといわざるをえず、かつ、右の違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は、右の趣旨をいう点において理由があり、原判決は破棄を免れない。また、上告人は、原審において、本件建物を実質上買い受けたのは被上告人和田貞彦であるとの被上告人らの主張を援用し、本件建物収去、本件土地明渡の請求を、被上告人西沢に対して求める外は、被上告人和田貞彦に対してのみ求めているが、この主張事実と原判決が認定した、亡貞治郎が本件建物を買い受けたとの前記事実関係との関連についても、更に審理を尽くすのが相当である。したがって、本件を原審に差し戻すべきである。

よって、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官佐藤哲郎 裁判官角田禮治郎 裁判官大内恒夫 裁判官四ッ谷巖)

上告代理人奥村文輔、同金井塚修の上告理由

一 〈省略〉

二 原判決には経験法則違反の違法があり破棄を免れない。

(一) 原審は西沢と和田貞治郎間に昭和五一年一二月末頃本件建物を代金七五〇万円(手附金三〇〇万円)昭和五二年八月三一日に所有権移転登記手続の履行と同時に代金を完済する、貞治郎は契約成立後直ちに本件建物に入居できる、土地賃借権の譲渡につき必要な上告人の承諾は西沢が得るものとし若し承諾を得ることができなかったときは協議し円満に取引を完了する。貞治郎のため売買予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記手続をするとの売買契約を締結し即日三〇〇万円西沢に対し手付金三〇〇万円が支払われたこと、その後貞治郎において建物の居住に便宜なように若干の造作工事をしたことを認定されながら、右は西沢から貞治郎に対する本件土地賃借権の譲渡に関する上告人の承諾があることを停止条件として本件建物を売買することを約したものであるとされ右停止条件が成就されなかったので西沢において本件建物の所有権を移転したことがなく、従って本件土地賃借権を譲渡したこともないとされたが右は今日の不動産売買の実体に照し経験則に反する。

即ち、

(1) 今日の不動産売買については手付金の授受がなされることが極めて多くその際売主において契約不履行したときは手付倍返し、買主において契約を不履行したときは手付金没収ということは常識であり定型化されており取引の慣習である。

(2) 而も代金七五〇万円のうち手付金三〇〇万円を支払うことは極めて異例であり通常は手付金は売値の一〇%前後であることも之亦取引における常識である。

右手付金が高額であることはそれだけ契約が確定的なものであり、条件付とか不確定性の入込む余地のないものを示すこと明白である。

原審が条件付売買と理解されたことはこの種取引の常識に反する。

(3) 右原審の認定の基礎となったと思われる乙三号証は後日作成されたものである。その根拠は縷述したとおりであるが再述すれば、

(イ) 別件借地権譲渡許可申立に右乙三号証の引用された事実なく、むしろ西沢は本件家の売買は貞治郎に対しての話が一回あったのみで他に売買の話はないと証言しており、貞彦が右許可申立をなすことはおかしい。

右申立添付の本件建物登記簿謄本には仮登記の記載のないものが添付されていたことも不可解である。

(ロ) 乙三号証は本訴提起後、上告人の屡々の釈明提出要求に対し六ケ月以上経過して漸く提出された経過がある。

(ハ) 乙三号証が存在し地主である上告人の承諾を得られない場合手付倍返しの特約がないのであれば西沢が昭和五二年七月上告人代理人の許に知人の杉山修に伴われて承諾を求めに来たり、七五〇万円の代金を一銭ももらっていないと言いに来る筈がない。(三〇〇万円の手付倍返しを西沢は覚悟していたと解するのが合理的である)

(ニ) 乙三号証が昭和五二年七月当時存在したのであれば不動産鑑定士であり信用組合の幹部職員である杉山がこれを見ていない筈がない。

(ホ) 西沢は杉山修に伴われてきた際既に家を売ったが代金の入金もなく地主の承諾は買主である和田貞治郎が行うと言っているのに一向に話が進まないと上告人代理人に言ったが、乙三号証が存在していたら何も自ら上告人の承諾を求めに来る必要はなかったのである。

(ヘ) 仮登記は乙三号証が存在するに拘らずこれを原因証書として登記手続がなされていない。

(ト) 乙三号証特約条項の記載は弁護士の関与なしには作製できない文言であるし、字体・文言が原審被控訴人代理人のものに類似している。

特に西沢は八月三一日までに承諾が得られなかったときは手付金倍返しの約であったとの証言と対比すると特約第二項はとってつけた感じがする

又、現に八月三一日以後協議し円満解決したとの特約内容は実行されていない。

以上の諸点についての合理的疑いにつき原審は何等納得するに足る理由を判示することなく前記事実(原判決理由(三)(2)の事実)を認定され、右を条件付売買と理解すべきものと判示された原審判決は採証の原則を誤った違法がある。

(二) 原判決は前記(一)の事実に加えて契約の翌日の昭和五一年一二月二六日貞治郎が、又翌五二年四月一日貞彦(組幹部であること前述)が入居したことを認定されているが、これらも契約の確定性を明白にするものであり、不動産取引の通常の慣行慣習に反するもので条件付契約という原審の判断は誤りである。

又、その後借地権譲渡許可申立をなしたことと前記原審認定の契約とを矛盾なく理解することは経験則上出来ず、原審又これに触れるところがない。

統一的に理解すること困難な幾多の矛盾ある事実を認定された上での原審の条件付売買契約であるとの判示は採証の法則・経験法則・不動産取引の慣行を無視した違法な御判断で誤である。

三 〈省略〉

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